指揮者

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2007年08月15日

天才故に・・・ カルロス・クライバー




大学生の時、友人の下宿で、
「これが、最近話題になっている演奏、」
と、FMから録音したテープで聞かせて貰ったのが、
カルロス・クライバー指揮ウィーンフィルハーモニー管弦楽団の
ベートーベン、交響曲第7番だった。

カセットステレオの貧弱な音からもその演奏の鮮烈さは充分強烈な物だった。

鮮烈。そう、その言葉がこの演奏、と言うよりこの指揮者を語るとき一番ふさわしい言葉だと思う。

音楽の隅々、細部にいたるまで、生命を与えられ、すべてが見通しよく、しかもそれらは一瞬も弛緩することなく見事なエネルギーで歌いきる。

天才指揮者。

しかし、ありあまる才能を持ちながら、

そして多くの人に望まれながら、

繊細すぎる神経の持ち主故に、か、

みずからレパートリーを限定し、

みずから活動の場を限定し、

ついにはその姿を公に出すことさえ希になってしまい。



1999年1月から2月にかけてバイエルン放送交響楽団を指揮したのを最後に公の場からほぼ姿を消した。そして2004年7月13日、バレーダンサーの夫人 Stanka Brezovar の故郷スロベニアにて闘病生活の果てに死去。

カラヤンは彼を正真正銘の天才と評しており(ヨアヒム・カイザーの談話)、またバーンスタインはクライバーの指揮したプッチーニの「ラ・ボエーム」を「最も美しい聴体験の一つ」だと語っている。
Wikipediaより引用
posted by cwind at 21:53 | Comment(0) | TrackBack(1) | 指揮者
2006年10月26日

オットー・クレンペラー

最初に買った、ジョージ・セル/クリーブランド管の『運命/未完成』の次に手に入れたのが、オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団のベートーベン交響曲第6番『田園』だった。

赤く半透明のLPレコードが印象に残っている。

美しい音だった。

その後に聴いた他の『田園』と比べ、ちょっと素っ気ないような演奏だったように思う。

でも聞き終わったとき残っている物は大きく強かった。


この演奏、しばらく聴いていないな。
また聴きたい。
CDは出てるのかな?




オットー・クレンペラー

クレンペラーの音楽は録音で聴くことができるように、美しさを求めるよりも厳格なテンポで楽曲の形式感・構築性を強調するスタイルでよく知られているが、若いころの録音には違うアプローチも見られる。


ポーランドのヴロツワフ(当時はドイツ領ブレスラウ)に生まれ、4歳の時にハンブルクに移り、同地で少年時代を過ごした。

音楽教育はハンブルク移住後、母親に手ほどきを受けた事にはじまり、その後進学した音楽院では作曲とピアノを専攻する

22歳でマーラーの推挙を受け、プラハのドイツ歌劇場の指揮者になる。
ハンブルク、ストラスブール、ケルン、ヴィースバーデンの歌劇場で指揮者を務める。

1924年にはベルリンフィルにデビュー、好評を博するようになる。
1927年にはウンター・デン・リンデン国立歌劇場に付属するクロル歌劇場の監督に就任する。
ここでの革新的な試みは話題となるが、経済の急速な悪化とナチスに代表されるドイツ復古主義の台頭もあり、1931年には劇場は閉鎖される。

ナチスが政権樹立に伴いクレンペラーはアメリカに亡命。
ロサンゼルスフィルの指揮者となり、オーケストラの水準を大きく向上させる。

脳腫瘍に倒れたクレンペラーは、言語障害や身体のマヒといった後遺症との戦いを余儀なくされ、ロサンゼルスフィルの職も失うことになる。

その後、1954年(69歳)にフィルハーモニア管弦楽団の常任指揮者になったクレンペラーは、数々のレコードをリリース。

1973年、戦後から定住していたチューリッヒで亡くなった。




クレンペラーの演奏で私が好きなのは、

マーラー  大地の歌
ベートーベン 荘厳ミサ曲
バッハ  ロ短調ミサ曲
メンデルスゾーン スコットランド

他・・・

クレンペラーの演奏の特徴、と言えば、遅いテンポ、とてつもないスケールの大きさ、(そのくせ、他の指揮者が粘るような所はすごくあっさり演奏することが多い。へそ曲がりなだけかな(笑))

好きな指揮者です。
忘れられない指揮者です

posted by cwind at 01:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 指揮者
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