僕のクラシック音楽遍歴

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2006年04月13日

初めて買ったレコード 「運命/未完成」A

レコードを買うことを決めてから数日後、
母と弟の3人で街へ買い物に出かけました。(あの頃は月に一二度家族で買い物に出るのがとても楽しみだった気がします。結構素直な少年だったのです(笑))

母の用事を済ませてからレコード店へ。その時はレコード店に行くことさえ初めてでした。



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店に入ってきょろきょろしながら、クラシックのレコードがあるコーナーを探しました。ようやく隅の方の一角に目的の場所を探し、それからベートーベンの・・・。その辺で私の頭の中はボーッとした状態になっていました。ベートーベンと書いて仕切られたスペースの中に何枚ものレコードがあります。漢字で運命と書かれたレコードもあるようです。アルファベットでSymphony No.5と書かれているのもあります。(そこに行くまでベートーベンの運命と言うだけで買う物はすぐ決まる、と思っていたのです。同じ曲にこんなにたくさんの種類があるなど考えもしていませんでした。(後から考えるとそんなにたくさんのレコードが有ったわけじゃないのですが(笑))私の頭の中はほとんどバニック状態でした。)

何枚かのレコードをかわるがわる手に取っては見るのですが何を基準に決めて良いかなどさっぱり分かりません。ジャケットにあるのは曲名と外国の写真かベートーベンの肖像画か難しい顔をした外人のお爺さん(笑)の写真か、です。(曲名以外にも演奏者名などが書いてあったはずですがその時は分かるはずもありません。)

もうどうしていいかわからなくなっていた時、後ろから母の声が聞こえました。
「お兄ちゃん、まだなの。早くしないと帰っちゃうよ。」母の側で弟も退屈そうな顔をしています。

私は一枚のレコードをつかみレジに向かいました。真っ黒いジャケット。気むずかしそうな爺さんの写真。何故その時そのレコードに決めたのかは後になってもさっぱり分かりません(笑)


それがジョージ・セル指揮 クリーヴランド管弦楽団の「運命/未完成」のレコードでした。(現在、残念ながらこの録音のCDは廃盤になっているようです。また再発売になるとは思うのですが・・・。)




*ジョージ・セルについて

ジョージ・セル(Gyorgy Szell, 1897年6月7日 - 1970年7月30日)はハンガリーのブダペストに生まれ、合衆国クリーヴランドに没した指揮者である。

幼くしてピアノ演奏に才能を示し、ヴィーン音楽院でピアノ、指揮、作曲を学んだ。作曲家としての作品も残したが、指揮者の道を選び、リヒアルト・シュトラウスの教えを受けた後、ストラスブールの歌劇場をはじめドイツ各地の歌劇場でキャリアを積んだ。1939年オーストラリア・合衆国への演奏旅行中に第二次世界大戦が勃発したため、帰国をあきらめそのまま合衆国に定住した。トスカニーニの援助で彼のNBC交響楽団の客演指揮者として迎えられた後、メトロポリタン歌劇場でも指揮をとった。1946年、ラインスドルフの後任としてクリーヴランド管弦楽団の常任指揮者に就任、当時一流楽団とはいえなかった同オーケストラを鍛えぬいた結果、程なく全米の「ビッグ・ファイブ」と呼ばれる第一級のオーケストラのひとつとして高い評価を得るに至った。

ちなみに、他の4楽団は、ニューヨーク・フィルハーモニック(レナード・バーンステイン)、フィラデルフィア管弦楽団(ユージン・オーマンディ)、ボストン交響楽団(シャルル・ミュンシュおよびエーリッヒ・ラインスドルフ)、そしてシカゴ交響楽団(フリッツ・ライナーおよびジャン・マルティノン)である(括弧内は1960年代の常任指揮者名)。
セルは1960年代にはヴィーン、ベルリン、ロンドンなどでも客演指揮を行った。1970年5月13日から5月27日にかけてクリーヴランド管弦楽団とともに日本万国博覧会を記念した企画の一環として来日公演を行い、日本でも極めて高い評価を受け、多くの聴衆に感銘を与えたが、帰国後まもなく癌のため惜しくも急逝した。

セルは厳しい訓練により、クリーヴランド管弦楽団で世界最高のアンサンブルと称えられるまで完成度の高い合奏を実現した。その正確な演奏をベースに端正で透明度の高い、均整の取れた音楽を構築し、主観的な感情移入に頼らず作品のもつ魅力を引き出した。特にハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンら古典派の作品における完成美は評価が高い。さらに、優れたオーケストラ合奏によりロマン派の演奏でもいくつかの傑出した演奏を行なった。レコード録音に残るシューベルト、シューマン、ブラームス、R.シュトラウス、ドヴォルザークなどの演奏は特に優れたものといえる。

反面、あまりに精密な演奏と禁欲的で客観的な演奏はしばしば冷たいと評される事もあり、マーラーやブルックナーなどでそうした批判も聴かれた。彼は良くも悪くも「完璧主義者」と評されることがしばしばある。しかし、晩年の録音では円熟というべきか、角がやや取れた演奏も残しており、突然の病魔に襲われなければさらに高い境地に達していたのではないかと惜しむ声も多い。

名演として、晩年彼がウォルター・レッグと行ったEMI録音、例えばドヴォルザークの交響曲第8番ト長調作品88や、シューベルトの交響曲第9番ハ長調、ブラームスのヴァイオリン協奏曲や二重協奏曲(ダヴィッド・オイストラフとムスティスラフ・ロストロポーヴィチとの共演)、マーラーやR.シュトラウスの歌曲(シュヴァルツコップとフィッシャー=ディースカウとの共演)などを聴くことをお勧めする。特にマーラーの録音は四人の完璧主義者(四人目とはプロデューサーのレッグである)が最善を尽くした力作である。

【逸話】
  • 彼はトスカニーニ同様、オーケストラにとっては厳しい注文をつけることで恐れられた。クリーヴランド就任後の1シーズンで楽員の2/3が入れ替わったという。あるものは彼がクビにし、別なものは自ら去ったのである。しかし、セルとトスカニーニとでは注文の仕方が全く異なっていた。トスカニーニ自身、セルのリハーサルを辛気臭いものと考えていた。また、トスカニーニの有名な怒りは一時の嵐のようなものであったが、セルは執拗であったという。トスカニーニとセルの元で演奏をしたことのある、ある奏者は次のように語っている。

  • 「トスカニーニのあの怒りは主に言葉の壁が原因で、しかも怒った翌日にはすぐその事を忘れていた。一方、セルやライナーは辛辣で、気に入らない楽員がいれば自ら辞めるか彼らに切られるまで、楽員はその攻撃を耐え続けなければならなかった」
  • 来日公演には作曲家のピエール・ブーレーズが同行し、何公演かを受け持った。思えば、病状の進行を知っていた(とされる)セルも同意して、いざとなれば代役も務める積りであったものと推察される。ブーレーズはクリーヴランドでストラヴィンスキーの春の祭典などの録音を行っており、馴染みの指揮者であったばかりか、完璧主義者という点でも価値観をともにしていたという。
  • セルはピアニストのルドルフ・ゼルキンと音楽院時代の学友で、クリーヴランド時代も何度か共演を行った。レコードでもブラームスの2曲のピアノ協奏曲の録音がある。
    セル自身優れたピアニストでもあり、ブダペスト弦楽四重奏団員とモーツァルトのピアノ四重奏曲2曲の録音があった。その演奏は彼の指揮スタイルを彷彿とさせるものだった。
  • カラヤンはセルを非常に尊敬していた。しかし、実際に顔をあわせると身長の差(セルの方がはるかに大きい)もあって緊張し、セルがカラヤンに意見を求めてもカラヤンは「はい、マエストロ」と小声で言うのが精一杯だったという。
    "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%83%AB" より作成


    "ジョージ・セル." Wikipedia, . 12 1月 2006, 21:50 UTC. 15 1月 2006, 12:23 .






    それからしばらくの間、私はこのレコードを飽くことなく聞き続けました。モノラルのレコードプレーヤー、しかもおんぼろの真空管ラジオのスピーカーを通して出てくるその音は、今から考えるととんでもなく貧弱な音だったはずですがその頃の私にとってまるで宝物のようでした。それまで聞いたどんな音楽よりもすばらしい物に思えていました。

    この録音自体はそれほど評価の高い演奏では無いかも知れません。(高校生の頃影響を強く受けた評論家の宇野功芳氏あたりならたぶん駄目な演奏に数えるのではないか、と思うのですが・・・。)その後同じ曲の様々なレコードも聴いています。フルトヴェングラーの幾つかの歴史的な演奏、クレンペラーの荘厳な建築のような演奏、トスカニーニの火がでるような演奏、カラヤン、バーンスタイン、小沢、朝比奈、etc。あっ、カルロス・クライバーの鮮烈な演奏も忘れられません。

    でも今でもときおりこの録音を聞きます。(初めて買ったレコードも今でも持っていますがレコードは傷だらけでたぶん聞くことはできないと思います。今は同じ録音、同じカップリングのCDで聞いています。)

    あのとき私にこのレコードを選ばせてくれたのはきっと神さまだったのだ。今、私はそう思っています。それくらいこの演奏が私に与えてくれた物は大きかったような気がしています。今、私が音楽に接する時の大事な基準のような物になっているのです。





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  • 2006年04月12日

    初めて買ったレコード 「運命/未完成」@

    私が初めて自分の小遣いでレコードを買ったのは、中学1年のもう冬になりかけている頃だったと思います。


    ある日、突然、「今度街に行くときクラシックのレコードを買おう。」と思い立ったのでした。
    その頃私の家にはステレオはありませんでした。レコードをかける物といえば古びたレコードプレーヤーをこれも古びた真空管ラジオにつないだものがあるばかりでした。(私と弟がまだ小さい頃から小学校の低学年くらいの頃までこのプレーヤーで母が童謡のレコードをかけてくれた物です。でもこの頃はもう家の片隅に放置されているような状態でした。)

    その時まで私はレコードを買ったこともレコード店に入ったことさえ有りませんでした。音楽と言えば流行歌などをテレビでたまに聞く位の物でした。


    買う曲は決まっていました。ベートーベンの交響曲第5番運命。

    実は、レコードを買おうと思い立った数日前、音楽の授業でこの曲の全曲を聴いていたのです。

    それはちょっとしたショックでした。(運命という名前と最初のジャジャジャジャーン、だけはその前から知っていたんですけどね(笑))
    何か言葉に代えられない身体ごと揺さぶられるような物を感じたのでした。音楽でそんなショックを受けるのは初めての経験でした。


    (その時聞いた演奏はこれです。

    ベートーヴェン:交響曲第5番&第6番
    ワルター(ブルーノ) コロンビア交響楽団 ベートーヴェン
    ソニーミュージックエンタテインメント (2004/11/17)
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    おすすめ度の平均: 4.67
    4 教科書的アルバム
    5 くつろぎ と ゆとり
    5 レコード現代に比べ写真が変わっていますが


    実は聞いた時は誰の演奏か、など考えもしていませんでしたし、だいたい指揮者やオーケストラの違いで演奏が大きく変わる等と言うことは全く知りませんでした。後になって音楽室のレコードを調べてみたらあったのはブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団のレコードでしたのでその時聞いたのもたぶん同じレコードだと思うのです。)


    続きはまた後ほど。



    2006年04月10日

    はじめに

    中学生の時、初めて買ったレコードが「運命/未完成」(ジョージ・セル指揮 クリーヴランド管弦楽団)。それ以来、音楽といえばクラシック、それもほとんどはオーケストラの音楽ばかり聴いてきたような気がします。

    中学3年の時、友達に誘われて合唱部に入ってから大学卒業数年後まで合唱を続けていましたが一人で聞く音楽はやはりオーケストラ曲がほとんどでした。特に大学生ぐらいからはモーツアルトとブルックナーの交響曲が中心になっていました。

    中学、高校の頃は友達にも家族にもクラシックの好きな人はなく、大学生になってからはさすがに合唱団には音楽に詳しい人もいたのですがやはり話題は合唱曲が中心でルネサンスやバッハの宗教音楽のことが多かったような気がします。

    ですから私にとっては好きな音楽は人と語り合う物ではなくあくまで一人の楽しみでした。

    それは今でも変わりなく、モーツアルトはまだともかく、ブルックナーとなると話す相手など未だ存在しません。


    こんなブログを書こうと思ったのも一度自分の好きな音楽のことを誰かに話してみたかったからかもしれませんね。

    これから少しづつ私が聞いてきた音楽のことや体験したこと(合唱のことがほとんどだと思いますが・・・。)、好きな曲や作曲家、指揮者のことなど書いていこうと思っています。

    もしよろしければ時々でもおつきあい下さい。

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